納得のいく引き分けに徳光和夫も興奮

昭和プロレスの醍醐味、必殺技なしで60分の攻防など、ボクが生まれるずっと前には、ファンタジーあふれる昭和プロレスがあったそうな。
昭和プロレストップ馬場VSサンマルチノ

馬場の苦しみが絵になる大男の力比べ

昭和プロレスのエース・ジャイアント馬場のライバルといえば、ブルーノ・サンマルチノ。2人が日本で対決したのは1967年3月2日です。

大阪府立体育館で、昭和プロレスのエース・ジャイアント馬場にとって真のライバル、ブルーノ・サンマルチノとの防衛戦が行われました。結果は1対1のまま時間切れ引き分け。32文もなければ抱え上げるバックブリーカーもない試合でしたが、逆に言えば、必殺技を出さずに60分もたせた両者のレスラーとしての巧さが際だった一戦です。

昭和プロレスのエース、ジャイアント馬場とブルーノ・サンマルチノ

クライマックスは、サンマルチノが馬場をロープに飛ばして戻ってきたとこころをベアハッグした場面。その瞬間、昭和プロレスのエース・ジャイアント馬場は「どぉあーっ」という野太い声を上げ体を震わせて観客に苦しみを知らせます。

観客が一点集中したところで脳天チョップの体制。手刀が振り下ろされるたびに観客は頭を振ってかけ声をかける。三発目のジャンピングによる一撃でサンマルチノは倒れ、昭和プロレスのエース・ジャイアント馬場もベアハッグのダメージを表現するためにそのままマットに巨体を受け身なしで預けます。

ジャンピング唐竹割りが「三発目」というのも絶妙です。一発目から出すと説得力が薄れ、四発目以降になと間延びします。「イチ・ニノ・サン」で出したことで、観客の期待と一体になり、それが観客に対する説得力や充足感につながっています。

もちろん、相手のサンマルチノにも、そのへんのセンスがなければそれは成立しません。いずれにしても、素朴な技の応酬から大男が肉弾相打つ様を見事に表現したわけです。昭和プロレスはそれだけ奥が深いのです。

この試合は日本テレビで後々リピート放送されました。若き日の清水一郎アナの「マルチノ」という呼び方、芳の里が試合終了の瞬間、インター選手権なのに「両方防衛ですね」などと大ボケをかました迷解説、試合後、「馬場さんが世界一ですからね」と例によってお追従をぶっ放して馬場のカラダをピチピチさわって退場するノーネクタイの徳光和夫アナなど、ファンにとっては試合以外にも見所(突っ込み所)が多かった中継です。昭和プロレスの雰囲気が十分に味わえます。

ところでこの中継時間、当時はCMを入れても56分のはずですが、放送時間内に選手のコールから60分フルタイムの試合、さらにインタビューと盛りだくさんでした。計算が合わないと思うのは私だけでしょうか。
昭和プロレス派